人生に敗れ、生活に疲れ果てて渡る「泪橋(なみだばし)」は、悲しい橋である。
その橋を渡ってドヤ街に流れ着いた矢吹丈に丹下段平はこう話す。
「今度はわしとお前とでこの泪橋を逆に渡り、あしたの栄光を目指す第一歩を踏み出すんだ」
「あしたのジョー」のワンシーンである。40年ほど前、週刊少年マガジン(講談社)に連載され、あおい輝彦の声でテレビアニメにもなった。
ジョーは孤児院を脱走し、放浪していた。段平も左目を試合中に失ってボクサーを引退してジムを開いたが、うまくいかず、飲んだくれていた。そんなどん底の2人が出会い、ボクシングに夢をかける。
不運で思うようにならない逆境。ライバルの力石徹との壮絶な戦い。減量の苦しみ。必殺技のクロスカウンターや意表をつく両手ぶらり戦法…。
小学生のころ、毎週、夢中で少年マガジンを読んだ。
高校に入ってからは、映画「ロッキー」のシリーズにはまった。
1977年4月に日本で封切られた第1作は、確か、ロッキーと世界チャンピオンとの対戦が、決まるところから始まる。
ロッキーは賭けボクシングと借金の取り立てで日銭を稼ぐ怠惰な生活を送っていた。だが、恋人やジムのトレーナーらの愛情に気づき、過酷なトレーニングに耐え抜いて試合に臨む。
主演と脚本がシルベスター・スタローンである。彼は無名の俳優で売れない脚本家だった。それが「ロッキー」が大ヒットして第49回アカデミー賞(作品賞など3部門)を獲得し、スタローンは主人公のロッキー同様、アメリカンドリームを実現する。
なんといっても、現実の世界でのこのスタローンの出世がものすごい。
ロッキーは年をとってもファイターとしての夢を追い続ける。その姿を描いた完結編「ロッキー・ザ・ファイナル」が、公開中である。
しかし、いまの日本人はロッキーに感動するだろうか。
逆境に耐えて泪橋を逆に渡り、夢を実現しようとするハングリー精神を、日本が失ってしまったように思えてならない。(木村良一)
講談社の週刊少年マガジンに、1968年1月1日号(発売日は1967年12月15日)から1973年5月13日号にかけて連載された。
『巨人の星』と並んで、梶原一騎のスポ根劇画の最高傑作として評価されており、現在においても日本漫画を代表する作品の一つである。連載中の社会的反響は凄まじく、ジョーのライバルである力石徹が死んだ時には寺山修司によって実際に葬儀が行われ、よど号ハイジャック事件では、ハイジャック犯が「われわれは明日のジョーである」(原文ママ)と声明を残したことでも知られる。
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